宿曜占星術

宿曜占星術

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宿曜占星術とは、約27日で1周する月の軌道を27等分したものを「宿」と呼び、自分が生まれたときに、月がどの宿の位置にいたかによって占います。

仏教の経典のひとつであった「宿曜経」が、平安時代に空海によって持ち帰られたのが始まりと言われています。なお、もともとは28宿あったとされる説もあり、これは牛頭明王が「牛宿」を占いに用いることに対して怒ったため、牛宿を除いた27宿となったと言われています。各宿には「命・業・胎」、「栄・親」、「安・壊」、「友・衰」、「危・成」という吉凶の関係性があり、これによって対人相性や日運などを導き出すことができます。

宿曜経とは

宿曜経という占いは月の動きをもとにしたもので28宿と27宿の二つがあります。宿の導き出し方は生年月日を一度旧暦に直します。そして宿曜経の場合は何月何日はどの宿だというのがもうすでに決められているので自分の旧暦の生年月日にあたる宿を探せばいいだけです。そして、もう一つ占星術の月の位置で宿を決めるやり方もあって春分点を婁宿と決めて360°に均等に27個の宿を配置したものでその人が生まれた日の月の位置を正確に見ることができます。

ここで旧暦で出す宿曜の宿とのズレというか、この誤差がですね宿三つ分も出てしまう人もいます。例えば旧暦で出したら昴のぼうしゅくと出たとしても占星術のチャート図では圭宿となる人もいるということなんですね。この誤差は旧暦の宿の決定の仕方に無理があるということで旧暦の二十七宿の並びをずっと持って行くと月の変わり目で同じ宿が二つ続く時があるのに気づかれた方もいると思います。ここが旧暦との宿曜の不自然な部分なんですね。このように宿曜経には二種類の宿の導き出し方があるということです。

それから月というのは1日に約13°星座の中を360°の中を移動するので生まれた時間によっても多小、宿は変わってきます。旧暦で出す従来の方法と占星術で出す性格の月の位置のできればね、両方を見て行った方がいいということです。後は27宿と28宿の分類ですがインドでは27宿で中国に渡ってから28宿に改良されたと認識してる人が多くいるようですが、実際は中国に渡る前のインドで既に27宿と28宿の両方使っていた。こういうことがチベットのラマ密教でも27色と28色を使い分けていたと取れる文献が見つかっているようです。

輪廻転生を解くために3で割り切れる数字というのが非常に重宝されて使われています。中国では陰陽五行思想とか東西南北の4方位などですね。東西南北に玄武だとか青龍だとか朱雀白虎といった四神を配置してですね。配置してこういった四分割にしたほうが思想的には使いやすかったというのが根本にあるようです。

そもそもこの宿曜というのは元々はお経の一種でインド人が自分の国を中国全土にも広めようとして、その宗教の普及活動の一環として開発発展してきたものだと言われています。その普及活動に貢献したのがインドの不空三蔵ということです。この不空三蔵はかなり占い何かに 得意で人の心を操ったりするのが、非常に得意な人だったらしいんです。月の動きと曜日ですね、つまり太陽から土星までの7つの天体との組み合わせと、あとお経を結びつけて占いとして一般庶民の人々の関心を引くように工夫して、中国国民に密教を定着させていたということらしいんですね。

ですから、それぞれの宿ごとに唱えるお経なども宿曜経では伝えられていました。そして、考え方の一つとして、27宿の守護霊の霊符を持つと良いことが起きるといわれていました。しかし、一般的な書物には載っていませんので、今回特別に掲載いたします。

これを遣唐使の空海が数々の色んな経典と共に、日本に持ち帰ってその中の一つにこの宿曜経があったんですけれども占いとして紹介された。

この宿曜に当時の陰陽師たちつまり占い師たちがこぞって飛びついたと言われています。

またこの時に曜日の概念というのも日本に入り込んだようで月の周期プラス7日ごとの曜日のサイクルというのが組み合わされて当時の暦はかなり混乱したということです。

このように宿曜経という占いは、元々はインド密教の普及のために使われていたということです。ここがポイントです。

そして現世・来世・前世ですねこういった輪廻転生を解く古代のインド思想を活用したことが元になって栄・親の関係だとか安壊の関係だとかという三・九秘法ですが、これは3(命・業・胎)かける9(栄・衰・安・危・成・壊・友・親)で三九の秘法といいます。